とある何人の一言 – ミスターMの大気圏突入 –

ようこそ『とある何人の一言』へ。笑いの観点から社会を正す謎の男、ミスターMが私の個人的な価値観を拠り所に、刺して刺して刺しまくります。

その六、商業主義に毒された映画ラストサムライの武士道精神を刺す!

      2014/10/08

心の内に忍ばせた刃で闇の刺客を斬り続ける傍ら、連載を重ねる毎に生き恥を晒している平成の武士(もののふ)ことミスターMです。

去年、ハリウッド映画「ラストサムライ」の日本におけるヒットにより、伝統的日本人の精神を見直す動きが起こったのは記憶に新しいところです。書店には武士道に関する著作が並び、今年の大河ドラマ新撰組の話題も相俟ってサムライ・ブームが起き、にわかに武士道精神が騒がれ出しました。

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奥州の独眼流として名高い、かの伊達政宗は、NHKの大河ドラマで、ラストサムライに出演した渡辺謙の主演だったことでも知られていますが、その彼の生まれた時代と、奥州という地理上の問題から、彼が歴史の舞台に姿を表した頃には、既に戦乱の時代は終結していたと聞きます。今回はこの名将にならい、武士道ブームが一段落した現在、このラストサムライを今更ながらにコラムの論題として取りあげたいと思います。

以下の文章は映画の内容を多分に含みます。今後ラストサムライを観る方にとっては、ネタバレとなる恐れがあることを御理解ください。

まず、既に語り尽くされたラストサムライ評についてですが、時代考証の曖昧さや設定の非現実性、またストーリー展開の強引さに関しては、ここで改めて取りあげることはありません。ここで論じたいのは、制作者が作品を通じて我々に何を伝えようとしたのか。つまり、ラストサムライという作品から読みとれるイデオロギーについてです。

日本では大いに話題を呼んだラストサムライですが、本国アメリカでは商業的成功を収めることは出来ませんでした。その理由は何なのでしょうか。作品の舞台は日本の明治時代初期です。西洋的近代化を推し進める新政府側と、それに反抗する旧幕府側の戦いをテーマとしています。

アメリカは土着の伝統や文化の上に成り立った国ではなく、むしろそれらを否定する合理主義を打ち立て、新たな国土を開拓することで生まれた国です。理論によって組み立てた思想で社会を統治する近代国家なのです。

作品内では西洋化に反対するサムライを根絶させる新政府側がヒール(悪役)として描かれています。視聴者はこの新政府側の意向に抵抗を続けるサムライ達の姿に自己を投影するのです。しかし近代的思想から繁栄を遂げたアメリカ国民が、旧体制に固執するサムライに共感を示すことが出来なかったのでしょう。新型兵器に対して弓や刀といった原始的な武器で応戦するサムライの美学を理解する感性を持ち合わせていないのです。

武士道精神は非合理的思想です。徹底した縦社会を生む忠誠心や血統を重視し、自己犠牲を美徳とし、実利よりも名誉を尊重し、死にゆくものや滅びゆくものに何らかの意味を与える価値観は、近代が生んだ「自由」「平等」「民主」「平和」「ヒューマニズム」といったイデオロギーとは相容れないれないものです。

ラストサムライの監督エドワード・ズウィックは、このような武士道精神に深い感銘を受けたと聞きます。その感動を映画作品によって表現しようと試みたのでしょう。確かに作品からは、新政府に滅ぼされたサムライの悲劇を崇高なものとして演出しようとする意図は伺えます。

しかし、そうなると腑に落ちないのがエンディングです。映画の中では、サムライの思想に触発され、旧幕府側についたトム・クルーズですが、新政府軍との戦争で敗北が決定的となった際に、敵に討たれることをよしとしない旧幕府の大将である渡辺謙からの懇願を受け、トム・クルーズは味方である彼を手に掛けます。同志の手によって果てることで、武士としての誇りを全うした渡辺健は「これで完璧だ」と呟いて死を迎え、このサムライの姿に心を打たれた敵方である新政府軍の兵たちが、渡辺謙に敬意を表し一斉にひれ伏すのです。

そして問題はこの後に起こります。

敗戦後、生き残ったトム・クルーズは渡辺謙の遺品である脇差しを天皇に献上し、散っていった同志の気高い生き様を訴え、優れた哲学を残したサムライたちの名誉の回復をはかるのです。さらにトム・クルーズは本国アメリカに帰還することなく、渡辺謙等と過ごした日本の山里の集落を再び訪れるところで物語は幕を閉じます。

…っておかしくない?

潔い死を尊ぶ武士道精神を遵守するならば、トム・クルーズは渡辺謙等と供に自刃してしかるべきです。時代に忘れ去られ滅びゆくことを美学とするならば、戦後に自軍の名誉回復を訴えるなどは恥ずべき行為です。ラストでトム・クルーズがサムライたちと過ごした山村に帰り、小雪等と幸せに暮らすという結末では、死を以って自らの意志を貫いたサムライ達の滅亡の悲劇を美しく演出することは出来ません。武士道精神を表現するならば、敗北と滅亡の悲劇を描いたバッドエンドに徹するべきです。

世界市場を意識した西洋的ハッピーエンドを無理矢理に盛り込むことで、作品から読みとれる制作者のメッセージが全く説得力を持たないものになったばかりか、むしろ我々に対して何が言いたいのか、何を伝えたいのといったメッセージそのものが曖昧になります。アメリカの価値と日本の価値の双方の折衷案をとったつもりでしょうが、このことが結果として作品を何の意味も持たない駄作にしてしまったと言わざるを得ません。

私の周りには、ラストサムライを観て泣いたという知人が幾人かいます。同じく私もこの作品のエンディングでは涙が止まりませんでした。もちろん私の流した涙は感動や共感によるものではありません。「そりゃねーだろ」という失望の涙です。

しかしハリウッドの一流と呼ばれる映画スタッフたちが駄作を発表することで自らのキャリアを傷付けてまで、日本の伝統的価値を国際的に訴えようとしたことに我々は感謝すべきです。武士道精神を世界に認めさせることは出来なかったにせよ、少なくとも日本国内においては改めて伝統精神の意義を問う機会を与えられたのですから。

私も日本が培ってきた高度な精神文化として武士道を捉えている者の一人です。映画ラストサムライでは残念ながら真のサムライを描くことは出来ませんでした。この映画の果たした役割はサムライ・ブームを起こし、大衆の興味をひいたということに止まります。従って、完全な武士道精神の表現を目指すには、ラストサムライの築いた下地から更にもう一歩進まなければなりません。映画に限らず、エンターテイメントやアートといった表現に携わる者の中から、日本に根付いた先人たちの偉大な思想を受け継ぎ、且つ高度な表現力と武士道を貫き通す精神力を備えた者のみに完成させることが出来る仕事であると言えるでしょう。

その使命を担う現代のサムライとは誰でしょうか。

それは、はじめ氏以外にはあり得ません。

まず、ラストサムライで旧幕府の大将を演じた渡辺謙を見てみましょう。坊主頭に髭というスタイルで武士としての風格を醸し出しています。対するはじめ氏もCARESSを見ての通り、サムライの潔さを感じさせるスキンヘッドに、男性的な力強さと荒々しさの象徴である逞しい髭を蓄えています。渡辺謙(ワタナベケン)に対して、はじめ氏の本名から漢字の読みをもじった小学校時代からの愛称は「ナ○ハラゲン」です。

このように映画の中で渡辺謙の演じたサムライは、スクリーンの枠を飛び出した現実の世界に確かに存在しているのです。武士道は西洋の近代思想と比較すると非合理的であると先にも述べました。昨夏、東京から実家の福岡までの帰郷の際、大した理由もなく公共交通機関の利用を拒否し、帰郷のためだけにわざわざ購入した中古の激安バイクで幾日も費やし、ときには公園のベンチ等で夜を明かし、結果として普通に飛行機や新幹線を利用するよりも、はるかに労力、時間、金銭を浪費するというはじめ氏の原始的な行動と思想は、まさに非合理の象徴であると言えます。このようなはじめ氏の哲学は、近代の生んだスタンダードにただ盲目的に従うことよりも、自分たちの価値に拘り続けるサムライの生き様と一致するではありませんか。

日常生活では弊害も多々あると思われる彼の奇怪な風貌と行動には、恐らく彼のみにしか理解しえない拘りや誇りがあるのです。グランドキャニオンの雄大な自然を前に、一糸纏わぬありのままの姿で立ち向かうはじめ氏に、圧倒的な軍事力を有する近代兵器に戦いを挑むサムライの姿が重なり、私はラストサムライで受けることの出来なかった感動を改めて感じ、目頭が熱くなったのです。

そして、そんなはじめ氏の精神に共鳴し、CARESSの発展という彼の目標に微力ながらも協力する私は、渡辺謙のはじめ氏に対して、やはりトム・クルーズにあたるのではないかと考えられます。私の体毛の多さと顔の濃さはアメリカの俳優を凌駕するものです。私ことミスターMは、実は「ミスター・トム」であると言えるでしょう。しかし、ただ唯一の相違点はカッコ良さであるということは否定できません。

サムライにとって、崩壊や死、消滅は物事の終結ではありません。それらは美学に忠実であろうとする目標を達成する手段に過ぎないのです。ここを訪れた皆さんも、それぞれに不安や悩みを抱えていることと思います。しかし人生の挫折や失敗を恐れることはありません。マイナスの価値として位置付けられるそれらにも、何らかの価値や意義を見出せることをサムライたちは教えてくれるのです。サムライの意思を受け継いだはじめ氏と、彼に共感する私も、大失敗の人生を送っているのですから。

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  • ラストサムライ 結末
  • ラストサムライ ネタバレ

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