ジングゥベ~♪オ~ゥ♪ジングゥベ~♪

 

いやはや、うかうかしてる間にクリスマスですね。ムカツきますね。

そう言えば、知人がBBSで「日本人がキリスト教の祭りに参加するのはけしからん!」みたいなことをホザいていましたが、それはちょっと違うんじゃないかと思います。日本にもクリスチャンは大勢いることですし、それに外国ではどうかは知りませんが、少なくとも日本のクリスマスって宗教色はものすごく薄いでしょ?プレゼントもらって鶏食ってケーキ食う日でしかないわけじゃないですか。熱心なクリスチャンも勿論いらっしゃるでしょうが、大抵の人にとってクリスマスは信仰心とはあまり関係ないお祭りなんじゃないんでしょうか。

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クリスマスが過ぎて正月になると初詣に行きますよね。これも神道を信仰しているというより慣習というか伝統です。普段は神様なんて意識してないくせに正月になると五円玉握りしめてお参りして、おみくじ引いて何やらかんやらしてます。その他の宗教的なお祭りもそうだと思うんです。ただクリスマスは、それらの伝統とは少し違うんですね。宗教的な行事ではあるんですけど、我々日本人に古くから根付いたものではありません。日本のクリスマスは戦後の経済成長期になって採り入れられたもので、私たちにとっては伝統文化でも何でもないんです。

経済成長期という時期からも伺えるように、日本のクリスマスを支えているものは、ズバリ資本主義の原理なんですね。プレゼント買ったり、食い物買ったり、はっちゃけた奴はクラッカー買ったり、更に上を目指す奴はサンタの衣装買ったり、クリスマス商戦なんて言葉もあるように、聖なる夜のバックグラウンドにあるのはカネなんですよ!カネ!

と、クリスマスは宗教行事ではなく資本主義のためのお祭りだなんてことは最早語り尽くされ、誰もが知っていますが、私はここでもう一歩突っ込んで考えてみようと思うんです。

資本主義っていうのは資本家が労働者を搾取するって仕組みですね。社長がトップで、課長やら部長やらがいて、下っ端がいるというアレです。上下関係ですよ。組織(企業)の下にいる人は上の階級にのし上がろうと頑張りつつ、組織(企業)同士も互いに競争しあいます。他の人より偉くなろうとか、他の会社より大きくなりたいとか、資本主義って言うのは競争なんですよ。そして勝ち組と負け組を分ける資本主義のお祭りとしてクリスマスがあるんです。

恋人や家族と聖なる夜を過ごす勝ち組の幸せの影には、競争に敗れた孤独な負け組の不幸があるのです。恋人がいない寂しさを抱く人々の涙は街のイルミネーションよりも溢れているんです。

経済成長の流れに乗って突然日本に現れ、我々の伝統を無視し、カネのために自らの勝手な都合で人間を淘汰し、不幸を生み出した諸悪の根元がクリスマスなのです。

私はこの理不尽なクリスマスを受け入れることは到底できません。聖夜を一人で過ごすことは決して負けではなく、むしろクリスマスというイベントを勝手に作り上げることで弱者を貶める独裁者サンタクロースに対する抗議なのです。もちろん私は今宵も一人です。晩メシだって納豆ごはんです。鶏もケーキも食ってません。プレゼントももらえませんしあげません。

クリスマスに浮かれ、サンタクロースに踊らされている哀れな人達に言ってやりたいのが、

「クリスマスって特定の人にだけプレゼントあげるデブヒゲオヤジのしゃしゃり出る日なんだって!ガキどももゲーム欲しいならあと一週間待ってお年玉で買えや!」
ということです。そうだろ?みんな!!

投稿者 mrm

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